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正直戸惑っている。
この前まで、そういう世界とは無縁だと思っていたのに、
大人が集まるときには沢山の決まりがあって、
考えなきゃいけないこともそこらじゅうにあって
踏まないように、音を立てないように歩くけれど、こんなにいっぱい。
どう考えたって期待されてるようには振る舞えない。
それって私がダメだから?
心配だらけで、とっても苦しい。
全部知らんぷりできたら良いんだけれど、
それは何か無責任で嫌なんだよね。
難しくても果たさなきゃいけないことだってあって、
必要以上にやる必要はないけれど、最低限よりやらないで良いことはないと思うんだよね。
なーんちゃって!
お祝いをもらったらお返しをしなきゃいけないし、誰かが亡くなったら葬いをする。
その中の煩わしいこと、
洋服はどうするか、お金はいくらにするか、髪型は?形式は?
ただ選べば良いだけなら何て楽ちんなんだろう。
宗教や思想や好み、年齢、季節、予算、
私には考える事が多すぎる。
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ある日のナポリタン弁当。
ケチャップが足りなくてかなり薄味になっちゃったけど、
周りのおかずの味に助けられ美味しく食べられました。
同居人は週4でお弁当なので、これまで色々作ってきたけれど
また少しずつ変えていかないといけないかしら。
飽きちゃうみたいだからね、お弁当の定型に。
たまにはサンドウィッチとかおにぎりにするんだけど、何せ朝は起きて40分で出勤だからね。
あれこれ朝にやらないといけないものは難しいのよね。
学校が夏休みになれば、給食もないので私も週4でお弁当。
ふぅう。
でも職場近くに純喫茶があるから、たまにはそこに1人で行くんだ〜。
煩わしさから離れて、1人胡散臭さに紛れて、
いつものハンバーグランチを待つのはやっぱりきっととっても幸せに違いない。
その純喫茶は駅前の中華料理店の2階にあるんだけれど、
周りとは完全に切り離されてるような、
ドラマや小説の中にいるような、
わたしにとっては非日常感がびしびし…じゃないな、タバコの煙みたいに、時に瞬時に体内を駆け巡りながら白いモヤがどんぶらこ〜と体にまとわりつくように伝わってくる場所なんだよね。
いつもそこに行くと、
街中でゾンビが発生しても、ここは多分大丈夫と
必要もないのに安堵する。
今度はいつ行こうかなあ。
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はてなブログが好きです。
目的地のない散歩と同じくらい好き。
自分と同じように生きていたり考えている人がいないかと、
探してみるんだけれどなかなか見つからないんだなあ。
久しぶりにモンゴル800の曲をきいた!
あんなに何十回何百回と聞いて、歌詞も書いていたのに忘れちゃうとは。
中学生の時。
歌詞を聞いて歌うのは、
机を思いっきりグーでドンドンするのと同じことだったのかなあ。
鉄道橋の下で思いっきり泣く南ちゃんとね、
何だか同じ気持ちだったような。
自分を全部まるっと包んでくれる存在への憧れ、
不満じゃなかったものが実は不満だったときの裏切られた気持ちへの強い怒り、
何でもない時の静けさ、空虚な感覚、
今なら距離を取れるものも、
前はなかなか無理だったのかも。
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夕方、涼しい風に誘われて家を出る。
どこへ行こうか。
なかなか決まらないから電車に乗って考えることにして、
せっかくだから遠くまで。
降りたのは代々木上原。
TVでやっていたアンティークショップまで歩く、歩く。
途中、以前行ったことのある東京ジャーミィを見た。
夕日に照らされてとってもきれい。
また行きたいなあ。
用事を済ませて戻るときに、ふと思い立って池尻大橋まで歩くことに。
まだ明るい。
歩いているときに見れるものが好き。
自宅の1階でやっているクリーニング屋、
取り込まれていない洗濯物、
ベランダの草木。
夕方はかすかに夏の匂い。
突然あらわれるイタリア料理屋、
散歩している中年夫婦、
大学、
ランニングする人、
食器のカチャカチャする音とか。
大きな大学があったりして、道がわからなくなったりする。
でもどんどん吸い込まれるように進める。
夜風が気持ち良い。
代々木上原〜駒場東大前は入りにくいけれど雰囲気満点のご飯屋さんがぽつぽつあって、
何かの集まりで騒がしい声がしたり、お店の人が手前の席に座って客を待っていたりする。
今日は土曜日だから、また平日の昼間には違う雰囲気なのかな。
駒場東大前駅をこえてしばらく歩き、高校・警視庁の周辺になってくるとがらりと都会の雰囲気に。
目の前の建物にタワークレーン。
夜になりつつある空に、赤ポチの光が映える。
成城石井があったから、スコーンとポロショコラ買って帰る。
とっても楽しいお散歩でした!